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さて、デビッド・ボウイが永眠してから1年以上たちますが、
最近、日々、デビッド・ボウイのエネルギーを身に感じます。
まるで目の前に存在しているかのようなエネルギーの塊。
なぜだろう?不思議だ。

そのエネルギーは心地よいのだが、強さと弱さが
コインの裏表のように同居している。

ボウイが亡くなってからは、★と共にベルリン三部作を
繰り返し聴いている日々。

ようやくボウイを捉えた感覚。
その充実感。


さて、デビッド・ボウイのエピソードを1つ紹介しよう。

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マークボランと黒人女性グロリアジョーンズとの間に男児がいたが、
グロリアはボランと籍を入れていなかったため、ボランの死後、
母子はボランの遺族からしめだされ、渡米したが金銭の苦労をした。

ボウイがこの二人に生活費を援助していた。
ボランの男児が成長して、「自分の父がボランだなんて、
大人になるまで知らなかった。

なぜ血縁関係もない自分たちをあなたは助けたんですか?」と
ボウイに尋ねたら、
「長年友人だった人の家族が困っていたら、助けるのは当たり前。」
とボウイが答えた。

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そう、人間は身近で困っている人に、手を差し出す行為が
できるのだ。そしてそれを愛と呼ぶ。
愛は欲しがるものではなく、与えるものなのだ。

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DAVID BOWIE - SOUND AND VISION - LIVE TOKYO 1990


David Bowie - Heroes




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デビッド・ボウイが急死してから10ヶ月がたつ。

デビッド・ボウイ所蔵のアート約300点が
オークションに出品されるようだが、
デビッド・ボウイそのものが、最大のアートだろう。

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僕はデビッド・ボウイを中学の時に知り、聴いていたが
その音楽性の変化の激しさについていけなかった記憶がある。


大体、名声を得たミュージシャンは、その時点までに確立した
スタイルを守ろうとするのだが、デビッド・ボウイの場合は
スタイルをどんどん変化させていった。

ようやく理解できたと思った瞬間、彼は違う世界に飛んでいた。
その意味ではとらえどころが難しく、苦手なミュージシャンだったが
おとなになって聴き直すと、それは天才ゆえの作法だったと気づく。

様々なジャンルにわたる大胆な音楽性の変化を恐れずに繰り返し、
自分の道を自ら作り進んでいったデビッド・ボウイは、真の天才だったのだ。
合掌。


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さて、9月で開発の請負仕事が一区切りした。
かなり神経を使う仕事だったので、次の開発を請け負うまで
数カ月休むことにした。

個人的には、仕事ばかりしていると、人生が無意味になる。
仕事ばかりしていると、人生の味わい深い深みが無くなるのだ。
人生は楽しみ、社会に奉仕するためにあるのだと思っている。


その内容は個人個人違うだろうが、とにかく仕事バカは
人生を失う事は確かだ。

仕事が生きがいになってしまうと、失うものが多すぎる。
何事も適当がいい。


僕は、休養を利用して、ボランティアや勉強や遊びを
楽しむだろう。それが僕の人生だ。


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David Bowie Starman (1972) official video


David Bowie - Blackstar


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