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5月はネットショップの構築に明け暮れて、

あっという間に過ぎてしまいました。

まあ、新しいことにチャレンジするのは

楽しい遊びなので、有意義な月でした。


それはさておき、クリシュナムルティの

講話を一つ。これもアートです。

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子供たちとの対話―考えてごらん
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生が助けに来る


子供たちとの対話--Page 174--Author J.クリシュナムルティ

Q.僕がどんなに技師になりたくても、父が反対し、

助けてくれなけれぱ、どうして工学の勉強ができるのでしょう。 



A.たとえお父さんに家を追い出されても、技師になるという志を

貫徹するなら、君は工学を勉強する方法や手段が見つからないと

言うのでしょうか。


君は誰かに頼みこんだり、友達を頼って行くでしょう。

生はとてもふしぎです。何をしたいのかが明確になったとたんに、

何かが起きるのです。

生が助けに来てくれます。友達、親戚、先生やおばあさん、

誰かが助けてくれるのです。

しかし、お父さんに家を追い出されそうだからと、

やってみるのを恐れているなら、君は迷ってしまいます。


恐怖から何らかの要求に屈するだけの人たちには、

生は決して助けに来ることがありません。

しかし、君が、「これが僕の本当にしたいことだから、

追求していこう」と言うなら、そのときには奇蹟的なことが

起きるのに気づくでしょう。

君はお腹を空かせたり、やりとおすために苦労しなくては

ならないかもしれません。

しかし、君は単なる誰かのまねではなくて、価値ある人間に

なるでしょう。そこが奇蹟的なのです。


私たちのほとんどは、一人で立つことを恐れていますね。

そしてこのことが若い君たちには特に困難なのはわかっています。

なぜなら、この国には、アメリカやヨーロッパにはあるような

経済的な自由がないからです。


この国は人口が過剰なので、誰もが屈してしまいます。

君たちは「僕はどうなるだろう」と言うのです。

しかし、君が持ちこたえるならば、何かが、誰かが助けてくれる

ことに気づくでしょう。

大衆の要求に反して本当に立つとき、君は個人であり、

生が助けに来るでしょう。



生物学には変種といわれる現象がありますね。

それは類型からの突然の自然発生的な逸脱です。

庭を持ち、特定の品種の花を栽培していると、ある朝その品種から

何かまったく新しいものが生まれたことに気づくかもしれません。

その新しいものが変種と呼ばれます。それは新しいので目立ちます。

庭師もそれに特に興味を持つのです。そして、生もそれに似ています。

あえて敢行したとたんに、自分の中にもまわりにも何かが起こるのです。



生はさまざまな形で助けに来てくれます。

来てくれる形が君は嫌かもしれませんーそれは悲惨や苦労や飢えで

あるかもしれません。君が生を招くとき・事は起こりはじめます。


しかし、私たちは生を招きたくないし、安全な駆け引きを行いたいのです。

そして、安全な駆け引きを行う人たちは無事安全に死んでしまいます。

そうではないですか。


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マウスが壊れました。

方向転換!!次の遊びに完全移行。

comment iconコメント ( 2 )

No title

はじめまして。とてもいい記事ですね。ポチっ!

名前: slow lifer [Edit] 2013-06-01 16:34

slow liferさんへ

slow liferさん、はじめまして。

記事気に入ってもらえて嬉しいです。

今後もよろしくお願いします。

名前: H [Edit] 2013-06-03 15:08

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