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いや~、井上陽水いいですね。
若いころのクリアーなトーンの声も素敵ですが
年齢を重ねて味わいが増した今の声も素敵です。
聴いていてワクワクしましすよ。
よくこんな素敵な曲書けるよなあ。
LIVE・Blu-ray堪能しています。

と、それはさておき・・・。

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最近、男性器、女性器を表現の手段として芸術家を名のる
人間が増えている感じがします。
その一方で、それが猥褻であるという意見もあります。

そもそも男性器、女性器は猥褻なのでしょうか、それとも
芸術なのでしょうか。

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まあ自称芸術家なんて、精神が有名になりたい気持ちでいっぱいで、
有名になるためには手段を選ばない人間だから
男性器、女性器は芸術なのでしょう。

しかし一般の人はどうでしょうか?いきなり目の前に男性器、女性器が
現れたら、芸術だと思うでしょうか。いや性的な感情が湧き出たり、
不快感の方が強いでしょう。

だって男性器、女性器が芸術ならば無修正のポルノ映画だって芸術に
なってしまうでしょう。

それに芸術って大人だけではなく子供だって参加するでしょう。
感性豊かな子供達にはなんて説明するの?

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僕は思うのですよ。男性器、女性器を売り物に自称芸術家を名のる人は
やっぱり何かが欠落している人間だと。
そしてそれは性を売り物にしている人間と同質だなと。
だから日本では芸術家って言うと胡散臭さを感じてしまう。

本来、芸術家は表現者であり、爆発するような情熱を内部に持ち
それを何かしらの方法で外部に出力する人間なのですが
なんでも表現していいと、僕は思いません。

それでも僕は性というものがある以上、
性を売り物にするのも有りだと思っています。
実際多くの芸能人等が性を売り物にしていますよね。

性って当たり前のものであると同時に、使い方によっては破壊的な
ものです。ある一線を超えたら破滅します。

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どちらにしろ僕にしてみれば、芸術とはそんな程度の低いものではなく、
もっと人間の根源を癒していく愛あるものだと思います。

要するに愛の無い芸術などゴミだと断言しておきましょう。
その意味では多くの芸術家はゴミであります。

あ、もちろん真の芸術家はいますよ。でもそうゆう人は有名になろうとせず
自分の好きなことを好きなだけやって生きています。
そしてそこには愛があります。
あなたはエロスではない愛に触れた事がありますか。

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追記

御嶽山噴火で多くの方が亡くなられました。
心からお悔やみ申し上げます。



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デキ婚

comment iconコメント ( -6 )

こんにちはー

「愛の無い芸術などゴミだと断言」ですか。おお、大胆な発言ですね。
でも、そうなんでしょう。自然界や動物やまわりの人間に対する愛が
なければ、美しいとか素晴らしいといった感情は生じないでしょうから。

ただ、どこまでが芸術かという線引きはなかなか難しいようですね。
時代や地域、宗教、社会によって、みなモラルや規準が違うからです。
1925年(大正14)発表の『第二の接吻』は菊池寛の新聞小説ですが、
映画化の際には検閲によって「接吻」という言葉が扇情的であるとされ、
タイトルが変更させられ、当該シーンもすべて削除されたそうです。

人間の裸は罪なのかどうかについては私も以前から考えているのですが、
本来は(本来は、ですよ)、裸は別に恥ずかしいことでも、汚らわしい
ものでもなく、人間の心が汚れて、ものの見方が不純になったために、
汚らわしいと思う概念が生じたのではないかと思ったりしています。

女性のヌードは、いやらしい目で見れば猥褻だと思うかもしれませんが、
ミケランジェロやボッティチェルリといった偉大な純粋芸術家が見れば、
単なるひとつの美しいモチーフに過ぎないのではないでしょうか。
ギリシア語は「愛」という言葉を4種類に分けていて、エロースには、
元々は現代のようないやらしい意味など無く、単に男女間の愛を意味する
に過ぎないのですが、その意味が後代になって変わってきたようです。

で、お前はどう思っているのかと訊ねられれば、
先進国と言われる国の現在の状態は少し度を超していると思っています。
「性を売り物にしている」人間は「何かが欠落している」に賛同します。

名前: ☆バーソ☆ [Edit] 2014-10-01 13:10

☆バーソ☆さん、こんにちは。

確かにどこまでが芸術かという線引きは難しいですよね。
☆バーソ☆さんが言われるように、時代や地域、宗教、社会
そして個人の感性で違ってくるでしょうから。
だから僕は、そこに愛があるかどうかを基準にしています。
僕の持つ愛のイメージとしてはアガペーが近いですかね。
あるいは開け広げた窓から、ふっと入り込んでくるそよ風のような色彩。


それと僕は、人間の裸は美しくも汚くもない中立性のものだと
思っていますが、なんでもかんでも見せればいいというものではなく
あえて見せない技術も必要なのではないかなと思います。

そして人間の裸は罪ではありません。自然の一部だと思います。
ただ現代では見せ方によっては猥褻になってしまうのは、もしかしたら
残念なことなのかもしれません。

とにかく現代の芸術家を名のる人々には、作品を売ることばかりに
気を向けないで、愛の無い世界に愛という種をまいていってもらいたいです。
そしてこの愛の無い世界に、少しでも愛の花が咲けば
僕たちはきっと、この愛おしい人生の意味を
少しは知ることができるのではないでしょうか。
その日は必ず訪れますよ。楽しみです。

名前: H [Edit] 2014-10-02 10:48

こんにちはー

返信を書きにくいコメントを書いたかな、と心配していましたが、
丁寧かつ誠実な文章で、ありがとうございます。安心しました。

>そして個人の感性で違ってくるでしょうから。
そうそう、これが抜けていました。これも大きい要素でした。

>人間の裸は美しくも汚くもない中立性のものだと思っています
ああ、同感です。私もこういうふうに言えばよかったですね。
何でも本来、ものごとは中立なものですが、人間がそれに対して、
良いとか悪いとか、好きだとか嫌いだとか、レッテルを貼り、
その心情・信条を他人に押し付けるために争いが生じています。

拙ブログのタイトル下には「考え方は いろいろあるから面白い」
と書いてありますが、私のモットーは、《基本的に何でも自由だが、
ただし、ひと様に迷惑を掛けない限り》というものなんですよ。

>僕の持つ愛のイメージとしてはアガペーが近いですかね。
>あるいは開け広げた窓から、ふっと入り込んでくるそよ風のような色彩。
いい定義ですね。あるいは、いい情景描写の比喩と言うべきか。
愛もドロドロすると美しくなくなります。時には偽善になりかねません。
理屈じゃなく、自然に、内奥から生じる、他者への気遣い、思いやり。
人生を「愛おしい」と感じるような心もアガペーに近いのでしょう。

>その日は必ず訪れますよ。楽しみです。
そうですか。性善的な いい思考ですね。感心しました。

名前: ☆バーソ☆ [Edit] 2014-10-03 10:24

☆バーソ☆さん、おはようございます。

>丁寧かつ誠実な文章で、ありがとうございます。

いえいえ、これは☆バーソ☆さんが親友のように接してくれたから
返事も丁寧な文章になったのです。こちらこそ感謝しています。


>拙ブログのタイトル下には「考え方は いろいろあるから面白い」
>と書いてありますが、私のモットーは、《基本的に何でも自由だが、
>ただし、ひと様に迷惑を掛けない限り》というものなんですよ。

確かに☆バーソ☆さんが言われるように《基本的に何でも自由だが、
ただし、ひと様に迷惑を掛けない限り》という点は人間性の原点として
重要ですね。

僕は自由には責任が伴うと思っています。自由には逸脱しては
いけない一線がある。

その一線は個人個人違うかもしれませんが、
常に自由には責任が伴う事を感じて生きていかないといけない。
けっしてどこまでも自由ではない事を忘れてはならない。

しかし人間という生命体は不思議なもので、一線を越えてしまう人間もいる。
その一方で自由を謳歌しながらも責任を持っている人間もいる。

僕は少なくとも後者でいたいし、そのように生命を使いたいです。
これは年令を重ね、死というものを身近に感じるようになった
ためかもしれません。人生の折り返し地点を過ぎて、より一層
生命というものが、またその使い方が愛おしくなりました。

名前: H [Edit] 2014-10-04 05:08

捕まってしまった人の作品を画像で見ましたが、
芸術的だともアートだとも猥褻だとも感じませんでした。
で、一番合ってると思う表現はゆるキャラ。
彼女の性器、ひいては彼女の宣伝のためのキャラ。
彼女の狙いが有名になることであったならば、
大成功だったのでしょう。

愛のある作品、目指したいですね。
でも「愛」というのも難しい。
人によっては安っぽく語れてしまうものですから。
Hさんのおっしゃる
「人間の根源を癒していく」というところを
しっかりと抑えていきたいです。

名前: みちこ [Edit] 2014-10-04 08:39

みちこさん、おはようございます。

みちこさんの言われるように、日本ではアートの名のもとに
アートを手段として、自分が有名になることを目的とする人が
多いです。残念なことです。

>愛のある作品、目指したいですね。
>でも「愛」というのも難しい。

ええ、「愛」というのは簡単な事ではありませんよね。
全生命力を使っても、手には入らないかもしれません。

僕は「愛」に対して自分ができる事は、受け入れる準備を
することだけしか出来ないと思っています。

あとは「愛」の方が僕を見つけてくれるのを辛抱強く待つ。
もしかしたら待ったままで人生が終わってしまうかもしれない
覚悟の上で、とにかく準備だけはしておく。
そうゆう生き方、生命の使い方をしたいと思っています。

「愛」は実在します。そしてすでに僕達を見つけ
歩むべき道を照らしてくれているかもしれません。

名前: H [Edit] 2014-10-05 04:31

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