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ブログ3周年!!で、多くのお祝いのコメント、拍手ありがとうございました。
とても感激しています。嬉しい~。(^O^)/

3年って僕の人生パターンの1つの区切りですので
気分も新たに次の3年に向けて進んでいこうと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。


沖縄は16日の知事選に向けてヒートアップしています。
新基地建設反対派と賛成派の一騎打ちなのでそれもしょうがないでしょう。

僕は日本人に不平等な日米地位協定が改正されない限りアメリカ軍の
沖縄駐留には反対の立場です。もちろん新基地建設には反対です。
それにしても不平等な日米地位協定を読むと、日本は経済的には繁栄したけど
基本的には70年経っても敗戦国のままなのだなとつくづく思います。


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さて、安楽死のためのスイス渡航者が5年で611人になるそうです。
611人は31カ国からスイスを訪問。特にドイツと英国からの
旅行者が多いとの事。

611人のうち58%は女性で、年齢は23~97歳、平均年齢は
69歳。半数近くの人が神経疾患を抱えていたほか、がん、リウマチ、
心臓疾患など複数の疾患を持つ人も多いそうです。

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なぜスイスかというとスイスでは医師が薬物を処方し、死を選んだ患者が
自ら使用する「自殺ほう助」が事実上認められており、「自殺ほう助」を
支援する団体も存在するからです。

オランダも安楽死を認めていますが、外国人を受け入れる団体はないから
自然とスイスに渡航する人間が多くなります。

そしてドイツでは自殺幇助は倫理的に認められておらず、意識を失っていく
患者に対して医師が何もしなければ、罪に問われる可能性もあるそうです。

英国、アイルランド、フランスでは自殺幇助が違法とされています。

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現在の日本では、積極的安楽死は認められておらず、殺人罪として刑法で
裁かれます。

実際、安楽死は非常に微妙で難しい問題だと思います。
激しい苦痛に耐えてまで人は生きなければならないのか否か。
安楽死はある意味他殺もしくは自殺ではないかという論理上・哲学上の問題。

最終的には個人の判断に任せるということになるのでしょうか。

ただ僕は、安楽死に絶対的価値はがあるとは思いません。
死に方を自分で決められることは、人生最大の幸運かもしれないが
それだけが全てではない。

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死は誰にでも平等にやってきます。
その時どうするかを考えておくことは悪いことではないでしょう。
生を生きるという事は死に近づいていく事ですから。

生と死という表裏一体の状態を常に感じ取り生きていくことは
人生という大切な時間を有意義に使うための有効な手段でしょう。

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そして、やはり重要なのは死に方よりも、生あるうちにどのように生命を
使ったかという事です。

貴重な生命の季節は大切に過ごしたいものです。
生命は私達が思っている以上に奇跡的で貴重なものなのです。

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追記

末期がんで余命半年と宣告され、安楽死を予告していた米国人女性が
予告通りに自ら死を選択しました。
自宅のベッドで家族に囲まれ、医者から処方された薬を飲んで
安らかに息を引き取ったそうです。

この安楽死に関して賛否両論があったそうですが
僕はこの安楽死に関しては、安楽死の持つ危うさを感じました。
それは安楽死を支援する団体の存在です。

なぜ個人的な問題に、このような団体が関与するのでしょうか。
安楽死を支援する団体がなければ、安楽死を選択する人も
減ったのではないでしょうか。
これらの団体は一般人とは違った価値基準を持っているような気がします。
個人的にこれらの団体から感じるのは嫌な感覚。

どうも個人的な事に組織が絡むことによってできる妙な価値基準からは
胡散臭さを感じてしまいます。
組織が個人を取り込んでいく時に生まれる悲劇は、あらゆる場面で
経験しているはずなのに、なぜ同じことを繰り返してしまうのでしょうか。
人間ってそんなに弱い生命体なのでしょうか。

やはり安楽死に関しては、もっとみんなで深く考える必要がありますね。
再度言いますが、生命は私達が思っている以上に奇跡的で貴重なものなのです。





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エルは甘えん坊で寒がりな眠り猫

ブログ開設3周年です!!

comment iconコメント ( 14 )

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名前: - [Edit] 2014-11-13 15:06

初めまして、
そして、ブログ開設三周年おめでとうございます!

安楽死を予告していた米国女性の死、を
知ったときは身体の力がスッと抜けてしまいました。
Hさんの仰るとおり、死と生は表裏一体のものだと思います。
私事ですが、数年前に両親を亡くしてから
今まで遠いものだった 死 をいつも隣に感じるようになりました。
延命治療を拒否すること、安楽死を選択すること
生と死の考え方は人それぞれですが、
命の重さをどのように考えれば良いのでしょうね。

名前: アクアマリンちゃん [Edit] 2014-11-14 19:54

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名前: - [Edit] 2014-11-15 09:06

アクアマリンちゃんさん、こんにちは。

アクアマリンちゃんさん、こんにちは。
お祝いのコメントありがとうございます。

両親が亡くなってしまうという事は悲しいですよね。
僕も数年前に両親を亡くしました。

アクアマリンちゃんさんの言われるように
生と死の考え方は人それぞれですが
やはり大事なのはどのように生命を使ってきたかだと
僕は思っています。命は貴重です。

ただ、むやみに死を恐れる必要もないと思います。
生と死は誰にでも訪れる自然なことなので
受け入れるしかないと感じます。

>命の重さをどのように考えれば良いのでしょうね。
これは答えは出ないでしょうが、それを問い続ける事が
大事な事だと思います。

名前: H [Edit] 2014-11-15 18:26

はじめまして

エイチ様

はじめまして。
「哲雄&AKIの不純愛講座」というブログを運営している長住と申します。
当ブログに残していただいた足跡をたどって、訪問させていただきました。

安楽死の問題、簡単には言えない問題ですよね。
某哲学者によれば、人間っていうのは、
自らの「生存」の「終わり」から「生とは何か?」を
問うことのできる唯一の存在――なんだそうです。
「安楽死」もその選択のひとつということでしょうか。

ところで、ブログ開設から3年だそうですね。
幅広いジャンルでの記事執筆に共感を覚えます。
というわけで、貴サイトへのリンクを張らせていただきました。
当方の「創作&日記系おすすめリンク」の中の
《写真と詩、エッセイ、日記》というジャンルに追加させていただきました。
ご迷惑なようであれば、削除いたしますので、
遠慮なくお申しつけください。

当方も開設から5年になります。
よろしければ、息長くおつき合いいただければと思います。
貴サイトのご発展をお祈り申し上げます。

長住哲雄

名前: 長住哲雄 [Edit] 2014-11-16 10:17

こんにちは

「安楽死」。非常に難しい問題です。
命を選ぶか、死を選ぶかと言われれば、誰でも命に決まってます。
ところが自死を選ぶのは、生きていることよりも辛いことがあるからでしょう。

自殺の場合は、死なずに生きていれば いいことがある場合があるでしょうが、
安楽死の場合は、病気が治る見込みがなく、死期の直前であるとか、
激しい痛みが続いて耐え難いという事情がある点が自殺とは違います。

「自殺幇助サービス」の動画を見て印象的だったことは、本人と援助者の女性が
にこやかな顔をしていたことです。こんな顔ができるならまだ生きていたほうが
いいのに、と思ってしまいましたが、この動画、見終わって、涙が出ました。
https://www.youtube.com/watch?v=-P9gJsjYYpA

どうすることが当人にとって一番親切なことかを考えるべきか、
いや、その親切心は倫理的に間違ってると思うべきか、
ひとによって、さまざまに意見がありそうです。

自分ならどうするかと考えたことがありますが、実際に絶えがたい苦痛が
自分の身に降りかからないと、分からないような気がします。
ただ、不必要な延命治療をしないことは、妻と相談して決めてあります。

名前: ☆バーソ☆ [Edit] 2014-11-16 14:51

おじゃまします

ブログ3周年おめでとうございます。

コメントをいただき、やってきました。私のブログのようなグダグダしたものと違って、とても読み応えのある場所ですね。今度時間をかけて読ませていただきます。

私の方にもリンクさせてもらいますね。どうぞよろしくお願いします。

名前: ミリわん [Edit] 2014-11-17 02:18

長住哲雄さん、こんにちは。

長住哲雄さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

>安楽死の問題、簡単には言えない問題ですよね。
長住哲雄さんの言われるよに安楽死は難しい問題ですね。
最終的には個人的な判断になるのでしょうが、しかし
2重3重に条件をつけておかないと安易に安楽死を選択しかねないので
やはりみんなで考えないといけませんね。

僕は生命は私達が思っている以上に奇跡的で貴重なものだと思っています。
そして生死はコインの裏表のような存在で、お互い切り離すことはできず
死に方を選択することは生き方を選択することかなと思います。

そして、どちらにしろ安楽死という選択手はあってもいいというのが
僕の考えです。

リンクどうもありがとうございます。嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。

名前: H [Edit] 2014-11-17 05:04

☆バーソ☆さん、こんにちは。

>https://www.youtube.com/watch?v=-P9gJsjYYpA
見させていただきました。僕も涙が出ました。
でもこの死に方は僕には美しすぎます。
まるで安楽死の宣伝用の映像と言ったらいい過ぎかな。
僕の目指している死とは違いました。
ただ、生命は私達が思っている以上に奇跡的で貴重なものという
考えは再確認できました。

やはり気になるのは支援団体の存在です。支援団体がなければ
「安楽死」を選択する人は減るのではないかと思います。

僕は個人的に、組織・団体には色眼鏡がかかってしまうから
本人と援助者の関係を正しく見れないだけなのかもしれませんが
それにしても、まだまだ「安楽死」という選択は産まれて間もないので
しっかりとした議論は必要かなと思います。

細かいルールまで決めていかないと、「安楽死」だけが先行し
人間が「安楽死」に取り残されてしまう。
これは人間の英知を結集して議論するべきだと思います。
光ある所に影があるように「安楽死」にも負の部分はあるでしょうから。

そして最終的には「安楽死」を選択した本人の考えが最優先されるべき
世界であってほしいなと思います。

でも人間以外の動物・植物は「安楽死」しないんですよね。
どんな状態の死でも受け入れていく。
「安楽死」、とても難しいです。

名前: H [Edit] 2014-11-17 07:40

こんにちは。
先日はコメントありがとうございました^^
遅ればせながら、リンクさせていただきました。ありがとうございます^^

安楽死難しい問題ですね。
第三者、当人、家族等々立場で変わって見方が変わりますよね。
何よりも、容認する事でそこに関わるビジネスが生まれてくる。
安楽死そのものも、環境についても色々問題ですね。
でも、きっと先送りをしてはならない時が
近い将来くるのでしょうね。

名前: てんママ [Edit] 2014-11-17 12:03

無責任で無自覚な「うつ病発作」による自殺により
引き起こされる他者に対する迷惑を最小限に抑えた形で
自ら死を忖度する方策としての「安楽死」に、刑法として
司法が介入すること自体がナンセンスで下品な行為だと思ってます。

仰られる通り、最終的には選択した本人の考えが最優先される社会に
なるべきとのお考えに完全同意です。

名前: pipco1980 [Edit] 2014-11-17 12:13

ミリわんさん、こんにちは。

ミリわんさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。励みになります。

>私のブログのようなグダグダしたものと違って
いえいえそんな事はありません。本質的には同じです。
ミリわんさんのブログも僕にとっては興味深いのです。

リンクどうもありがとうございます。嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。

名前: H [Edit] 2014-11-18 00:06

てんママさん、こんにちは。

てんママさん、こんにちは。
安楽死、本当に難しい問題です。

>何よりも、容認する事でそこに関わるビジネスが生まれてくる。
そうです。てんママさんの言われるように安楽死ビジネスが
生まれてくることが何より危惧される事です。
安楽死先進国のスイスではすでにそのような動きがあるそうです。

本来安楽死は個人的な事柄だと思うのですが負の部分もあるので
そのためにもしっかりと議論する必要があると思います。

名前: H [Edit] 2014-11-18 00:08

pipco1980さん、こんにちは。

pipco1980さん、こんにちは。

確かに安楽死に司法が介入することはナンセンスですね。
そもそも安楽死は司法では解決できないでしょう。
安楽死はあくまでも個人で判断する事柄です。

そのためにもやはり、本人の意思が最優先される社会を
形成するべきだと思います。

名前: H [Edit] 2014-11-18 00:10

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